DOL特集『隣の中国人“ディープチャイニーズ”たちの肖像』では、ビジネス的に成功を収めた人から、市井に生きる名もなき人まで、さまざまな分野にいる在日中国人を紹介していく。第8回の今回は、SNSを駆使して日本を中国に売り込むことで成功し、今や日本企業からも引く手あまたの在日中国人女性を紹介する。(ライター 根本直樹/取材協力『東方新報』)

日本を中国に売り込む 新世代の在日中国人起業家

在日中国人社会に、中華版“意識高い系”とも言うべき若い世代が台頭しつつある。SNSや、ネットの生ライブ配信などを駆使してビジネスを行う、新世代の在日中国人たちだ。

大連出身の李佳霖さん(38歳・横浜在住)もその1人。「80後」「90後」と呼ばれる若い世代の在日中国人女性たちの間で“カリスマ”的存在の女性起業家だ。現在彼女は、一般社団法人「美ママ協会」代表理事、「LIANBABY」代表取締役という2つの肩書を持ち、銀座と上海の一等地に事務所を構えている。

「当初は、日本に暮らす中国人ママさんを対象にした、単なる情報交換のコミュティからスタートしたんですが、現在は在日中国人だけでなく、中国本土に住む女性たちに向けてリアルな日本の情報を発信することで、さまざまなビジネスが派生し始めています」

流暢な日本語で語る李さんは、いかにもやり手の女性社長といった迫力が感じられるが、その原点は「2児の母」になったことだという。当時、彼女は日本の企業でOLとして働いていた。

「日本の大学で知り合った中国出身の旦那さんと結婚して子どもができ、働くママになったら、いろんな悩みが生まれてきました。海外で子どもを育てる不安や、出産して日本の会社で働くことの難しさといったことです。そうした悩みを最初は中国のブログサイト微博で書き始めたんです。そうしたら徐々に、同じ悩みを持つ在日中国人のママさんたちから、たくさんのコメントやメッセージをもらうようになって」

そこで李さんは2012年、在日中国人ママさん向けのプラットフォーム『中国美ママ協会』を立ち上げる。

「そのときはビジネスというよりも、同じ女性たちで悩みを分かち合ったり、交流する場を作りたいと思って始めただけなんですが、どんどんコミュティが大きくなって、現在会員は3万人。結果としてビジネスにも繋がっていったという感じですね」

美ママ協会の立ち上げ当初は、在日中国人ママさんだけの限定的なコミュニティだったのが、次第に規模を拡大。中国に住む女性たちに日本の情報を届ける網紅(インフルエンサー)として、日本の企業から引っ張りだことなり、今では日本の化粧品、マタニティ・ベビー商品、食品メーカーなどと連携して、さまざまなプロモーション活動を行うなど、活動の場を広げている。

 

『東京ラブストーリー』に憧れて来日1人っ子世代「80後」の価値観

李さんは1999年、19歳のとき来日した。
「80年代に生まれた中国人『80後』は、それまでの文革世代とはまったく価値観の違う1人っ子世代です。たとえば旧世代の中国人たちは、日本というとまず歴史問題などを思い浮かべますが、80後は違う。政治とか歴史問題とは関係のない、テレビドラマや音楽、ファッションといった日本のカルチャーに強い関心を抱いてきた世代なんです。私もそうでした。中国でも大人気だった織田裕二さん主演のテレビドラマ『東京ラブストーリー』を観て、日本へ強い憧れを抱くようになったんです」

こうして李さんは日本留学を目指すようになったが、当初は父親の大反対にあったという。

「父親は大連の地方政府幹部だったのですが、1人娘を海外に出すことが心配で仕方なかったみたいです。80後の中国人はだいたいそうなんですが、1人っ子だけあって親がすごい過保護なんです。私は、親の言いなりになる人生は嫌だった。だから、少しは理解のある母にも協力してもらって父を説得して、何とか留学を認めてもらいました」

日本語学校の就学生として来日した李さんは、その後、明治大学の大学院に進んで、経営学を学んだ。

「大学時代は、当初、思い浮かべていた憧れの日本生活とは大違い。学費を稼ぐためにコンビニでアルバイト漬けの毎日でした。はやく一人前になって自分で稼ぎ、日本の暮らしを満喫したい。ずっとそう思っていました」

日本企業が渇望する 在日中国人女性の目線

美ママ協会を立ち上げるまでの李さんは、不動産会社の法人営業、WEBメディア関連会社などさまざまな職種を経験してきたという。

「アポなし、飛び込みでの営業なんかも経験し、心が折れそうになったこともあります。でも、そうした経験があって今の私がある。日本での苦労が、今の私の仕事を生み出してくれたとも言えます」

李さんの活動は、中国人女性たちが欲する日本の優れた商品や、ライフスタイルをリアルタイムで中国に発信すること。これが注目を集め、現在は、花王、コーセー、メリーズといった大手企業や大手広告代理店から、中国人向け商品の商品開発やプロモーションを依頼され、売り上げに貢献するようになった。日本企業が渇望する在日中国人女性インフルエンサーとなった彼女の、ビジネスにおけるポリシーとは何か。

「若い世代の中国女性のことを日本で一番知っているのは私たち。だから、私たちの目線で、中国に進出する日本企業にとって有益な情報や戦略を提供していく。それに尽きると思います」

在日中国人として、日本のよさを中国に伝えることで、日中双方のためになりたい。80後の在日中国人だからこそ持ちえた独自の価値観であろう。